隠れ里の女

極貧に生まれ、親兄弟の面倒を見ながらも必至にその境遇から逃れようともがくひとりの女を描く。

流れ雲 第五章〜流れ雲〜

早咲きの梅が残雪の残る庭の隅で可憐な花を咲かせ始めた午後、
紀子の元へ一通の手紙が届いた。
封を開けて紀子は愕然とした。
中に入っていたのは義兄宅で撮影されたと見られるあられもない
紀子の姿だった。
添え書きにはこう書かれていた。
あなたも当社の撮影企画に参加してみませんか?
出演費用は月決めで二百万円以上可能!

この手紙を送りつけてきたわけは紀子にも容易に読み取れた。
断ればこの写真をばら撒くと脅されている。
けれど、今の紀子には無理をしてでもお金を工面したい理由があった。
結局、紀子はこの申し出を承諾した旨の手紙を相手に差し出した。
本来なら手紙の送り先の住所近くで撮影されるはずが、なぜか場所を
紀子宅と指定してある。
長期間家を空けられない紀子にとってこれは好都合だった。
撮影者達と連絡を取り合い、誠が自宅を出た頃合いを見計らって
一行を招き入れ撮影することに決まった。
一行と言うからには相当数の人たちが自宅に押しかけてくると紀子は思ったが、
実際 最初に訪れたのはカメラマンと称する男とディレクターのふたりだけだった。
簡単な打ち合わせの後に撮影が始まった。
最初はいつもの通りに家事をするシーンから始まり、家事が終わり暇を持て余した
女が自然な形で自慰行為にふける様子が撮影され始めたが、この頃になると
演技指導と称してディレクターが何かにつけて紀子の身体に触れてきてカメラを前に
すっかり緊張しきった紀子の身体にそれとなくソフトな刺激を加え始めた。
手馴れたディレクターの指導に次第に我を忘れて身体を開き始めた紀子の脇に
いつのまにか見たことも無い男達が群がって来て、時には演技の手助けをし始めていた。
複数の男達に取り囲まれ、いいようにあしらわれ 自分をコントロールできないまでに
登りつめていった。
うっすらとした記憶の中で複数のライトに照らし出された紀子は様々な角度からカメラが
至近距離に迫り、これに答えるように次々と男優達がのしかかっては あたりかまわず
果てていく。
そんな男優達を相手にしながらも紀子は声を張り上げ爪を男達の背中に突き立てて
乱れ狂った。
透き通るような肢体は果てた瞬間の男達に向かってでも妖しく絡みつき、刺激と興奮を
求めて妖艶な目付きで枕もとの男を誘い、勢いづいたものを口に含み、引き締まり始めた袋を
下から包み込むように支えて揉みしだきながら女の身体の中心へと引き込もうとする。
周囲を取り囲んだ男達の眼が異様に輝き始め、時間と共にそれぞれの立場を忘れ
サポーターはおろか、カメラマンまでが挑みかかり修羅場と化していった。

撮影は三日間で終わった。
終わって紀子が手にしたのは一日五万円の出演報酬だけだった。
不思議に思って問い詰める紀子に責任者から意外な言葉が・・・
残金はすでに義兄の手に渡してあると。
責任者の言葉によれば、義兄は弟の借金のために一時的にお金を
借り受けたが 到底返せる金額ではなく、紀子に引き続き別の場所で
出演させる約束も取り付けてあると。

その日はすぐにやってきた。
誠が仕事に出かけたしばらく後、二台の黒塗りの、いかにもそれとわかる車が
玄関脇に横付けにされた。
薄笑いを浮かべた義兄の手によって追い立てられるように紀子は迎えの車に
乗り込んだ。
連れて行かれる先は法律の手の届かない国外と、いまさらに紀子は悟った。
走り始めた車の窓の外にかつて誠とふたりで眺めた青空が何事も無かったかのように横たわり
引き返すことを忘れた雲がゆるやかに流れていった。

流れ雲 第四章〜至福のとき〜

いまどき珍しく、一次会が引けたのは夜も十時を回っていた。
二次会に誘われたが、この会社は二次回以降は会費折半がお定まりで金銭に余裕のない誠は「出世には付き合いも・・」やんわりと促す先輩の声を体調を理由に断った。
 解散の声と共に誠は路上に飛び出したが、幸いにして追いかけてくるものはいない。
空は晴れ渡っていて夜空に無数の星が瞬く街道をひたすら紀子の待つ家路に向かって歩いていた。
 年の暮れのこの時期ともなればボツボツ白いものが舞いだすが、今年は幸いにしてまだその様子はない、それでも歩くにつれ誠の足元は芯から冷えた。
 会に向かうときは会社の先輩の車に相乗り、その道を今度はひとりで歩いて引き返すことになった。
 タクシーを拾いたいがワンメータ乗れば一食消えると思えば苦痛も消えた。

 灯の消えた玄関先の鍵穴を星明りで見つけ鍵を差し込んで開けてはみたものの様子が違う。
 家には出かけたときと違って、まるで生気が感じられなかった。
 これまで誰も住んでいなかった空家のように空気が冷たい。
 奥の寝室から起き出してきた紀子を見たとき誠はそれが誰だか咄嗟には気が付かなかった。
「おかえりなさい。今夜は帰るとは思わなかったから・・」
自分ひとりで暖房をつけるのはもったいないから切っていたと言った。
「布団に入れば温かいから」
深夜になっても眠れない寒さをひとりで耐え、眠れない夜を過ごしていたことは見ないでも判る。
「会場が熱くて汗をかいたから風呂に入りたい」
誠は一瞬でも早く紀子を暖めてやりたかった。
一緒に入ろうかと誘うといそいそと着替えやらタオルやらを持ち出し風呂の用意をしに浴室に入っていった。
「お風呂沸いたから入って」
疲れたでしょう 洗ってあげるから浴槽に入って温まっててねと言い残して寝室へ消えていった。
浴槽に入り待つほどもなく脱衣所で紀子が着替える音がして、やがて浴室のドアが開いた。
「温まった?洗ってあげようか」
ありがとうと答えたものの誠は眼のやり場に困った。
「いすに座って頂戴」
いきなり目の前に綺麗な女体をさらされ行き場を失った誠にとって後ろ向きはむしろ好都合と言えた。
「痒いところがあったら言ってね」
手のひらに石鹸をたっぷり泡立てて上から丁寧にこすっていく。
背中が終わると前に回り首筋からつま先まで隅々まで綺麗さっぱりと洗い終わった頃、風呂場の中はまるで春のような穏やかさに包まれていた。
「一緒に入っていい?」
紀子に聞かれた頃には誠は紀子に触れることで萎縮するふうがなくなっていた。
「ひとりで拭けるから・・」
誠の言葉を聞かなかったかのように紀子は風呂から上がった誠の身体を隅々まで拭きあげ着替えを手伝った。
風呂を終え、布団に入って待つほどもなく紀子はパジャマ姿で寝室に入ってきた。
「寒かったら俺の布団に入れよ」
一緒に住み始めて初めて紀子を同じ布団に誘った。
はいと答えてうれしそうに潜り込んでくる。
「あったかい」
足を絡ませながら紀子は誠の懐に潜り込むようにしながら甘えてきた。
鼻腔をくすぐる甘い香りに誘われるように誠は紀子の身体に手を回して引き寄せた。
「こうしてたら布団から出ないだろう?」
おずおずと言う誠を相手にごく自然のように装いながら紀子は誠の胸に顔をうずめ、やがて小さな寝息を立て始めた。
「好きだった。 いい出せなくて・・」
寝入ってしまった紀子に向かい、誠は悔やむ気持ちを素直に口にした。
小さな身体の何処にこれほどの忍耐力があるだろうかと、不思議に思えるほどに代償を望むべきも無い同居人に尽くしきった。
  男としてだらしの無い話だが、生活といわず全てにおいて紀子に頼りきっていたように思う。
  数時間前に味わった大人の世界への嫌悪感は、紀子が発する甘美な香りと足元に触れるふくよかな感触によって次第に薄れ安堵感に満ちた深い眠りへと入っていった。

流れ雲 第三章〜堕落〜

 年末、誠の会社も恒例の忘年会が近くの温泉街で執り行われ、希望者は泊まることも出来ると言うことで宴は多いに盛り上がり、その場の雰囲気やかえる心配が無い気安さから二次会三次会と、とことん同僚達に連れまわされる羽目になった。
 元来、酒もタバコも一切ダメで こういった場所でも会話すらまともに出来ない誠は出かける時間になってもぐずぐずと雑用にことかけて自宅を後にしない。
「どうしたの 時間間に合わないんじゃない」
誠のために着替えを用意したり財布の中身を確かめたりと こまめに気を使いながらも紀子は誠の行動に合点がいかなくて、ついせかす言葉が口をついた。
「うん、行って来ます。多分帰れないと思うから戸締りはしといていいよ」
わかってると答えた紀子だが見送った後姿に普段の元気が見られないことで直感的に或いはと思ったりもした。
街で拾ったタクシーが会場のホテルに着いたのが定刻より十分遅れとなった。
「おい 遅いぞ!!何やってっんだ」
「とっくに宴会は始まっとる! 新人がそんなことでどうする」
会場に着くや、幹事の叱責を受けることになった。
恐る恐る会場の襖を開けた途端目の前にいた先輩からコップを差し出された。
「飲め、罰に駆けつけ三杯だ」
心配して気をもんでいた幹事である二期先輩の主任 山田は嘆息した。
「すみません、でも ちょっとだけに・・」
言い訳をしようが懇願しようが情け容赦なく注がれるビールや酒が誠の後悔を更に深めた。
「お前だけ飲んでないで上の人に酌をせんかい!」
開始間もないと言うのにすでに眼が据わってきた左隣の敷倉係長が最初に一喝してきた。
こういった場に慣れていない誠にしてみれば何がなんだかわからなくて、ただオロオロする姿に右隣にいた裕子がこっそり耳打ちしてくれた。
「一緒に回ってあげるから、付いて来て」
「お願いします」
裕子は足元に隠していた口を切ったばかりのビールを手にして社長の前に進み出た。
「社長〜〜 いかがですか」
「お〜 裕子くんか、そうか ありがとう」
ビールをゆっくり注ぎながら裕子はそれとなく社長と目を合わせ、意味ありげに微笑む。
「ま、一杯やれ」
一口飲んだ自分のコップを裕子に渡しビールを注ぎ返す表情にある種の感情を見て取って誠は鼻白んだ。
「美味しい〜」
飲み干すまでの瞬間、裕子に注がれる眼が足元から上に向かって睨め付ける。
「社長さん、新人の誠くんです」
裕子は酌をしろと眼で合図を送ってきた。
「誠です、よろしくお願いします」
「そうか・・」
裕子の時とは打って変わって一口も口をつけない中にコップを下に置いてしまったが、すでに社長の目はあらぬ方向に注がれ、次の瞬間一種異様な雰囲気があたりを推し包んだ。
社長が横目で睨んだ先を見ると誠が社長に気を取られている間に裕子は専務に近づき酌をしている。
裕子は専務に酌をしながら、それとなく近くに早く来るように合図を送ってきたが、誠の気が付くのが一瞬遅かった。
「酒ばっかり飲んどらんで歌でも出さんかい、のう専務」
社長の一言でそれまでの盛り上がった雰囲気が一気に崩れるのがわかった。
「誠 お前のことだよ」
専務のお声係である敷倉係長からまるでこの場の雰囲気を壊したのはお前のせいだとばかりに指示が飛んだ。
深夜のカラオケボックスで歌うのとはわけが違い、相手は上司ばかり、しかも雰囲気に険悪なものが窺える。
壇上に立った誠にそれとなく場を盛り上げようとコンパニオンが差し出す楽譜、こちらを見ながら何事か小さくつぶやく、それが曲だとわかっていてももはや混乱した頭では何を考えていいやら訳がわからなかった。
オレンジレンジの『花』 その曲のイントロがゆっくりと流れ出す。
わずかな沈黙の後小さな歌声が曲に載った、それが寄り添ってくれたコンパニオンの声だとわかって誠は消え入りそうな声で後に続いた。
何を歌っていたかすら覚えていなかったが、とにかく壇上から降りることが出来た。
誠が壇上を降り、席に戻る頃になっても会場には一向に笑い声が聞こえなかった。
この場の雰囲気の悪さは決して自分が遅刻したことから起こっているのではないことは新人の誠ですらわかっていた。
こういった場を素早く嗅ぎ分ける感覚は生まれ育った環境からもきていたが、社内ではもっぱら裕子を巡って社長と専務が熾烈な争いを展開していることは噂に上っていて、元々社長の愛人だった裕子は社長がモノの弾みで紀子に通いつめている間、腹いせにかねて口を利く機会の多かった専務に言い寄り、それが社長に知れるところとなり一悶着あったからである。
自分を育ててくれた母も同じだったと誠は苦々しく思った。
仕事の終わった深夜、酔いつぶれた母親は当日の客と称する男達を自宅に誘い込んで、襖一枚隔てた隣で嬌態を晒した

男達と関係を持った最初の内は子供達のいる目の前だろうと昼間っから好色に明け暮れた睦言も、熱が冷めると静香の飽きっぽい性格と商売女にありがちな計算高さが災いしてか相手は次第に敬遠するようになる。
そんな男達を逆恨みし、母親の静香は昼真っから酒に明け暮れ、暮し向きのやりきれなさを逆らうことの出来ない子供達に向けた。
 テレビ番組の中で出演者が馬鹿なことを口走れば最初はテレビに向かい散々悪口雑言を並べ立て「お前達だって同様だ、馬鹿が揃いやがって!」 いきなりコップや一升瓶が飛んだ。
 替わりの酒を買いに行かされた翌日から買い物をするお金が底を付き、一日一食ご飯に塩をまぶして食べ飢えをしのいだ。

「注いで口上を垂れれば上出来」
周囲の雰囲気を見ながらも専務のお膝元で酌の続きを始め、順次酌をして会場を一周回った頃には返杯を受けすぎて急激に血の気が引くのを感じたがすでに遅かった。
会場の襖を開けたすぐその場で胃が迫り上がり嘔吐物が口からはみ出すのを必死で押さえながらトイレに走った。
激しい頭痛が襲い、嘔吐のため腹部が急激に収縮を繰り返し全身に痙攣が走る、胃の内容物が無くなっても迫り上がりは一向に収まらず口と言わず鼻腔と言わず噎せ返るような汚物が噴出し苦悶する中で誠は宴席と大人の世界を呪った。

流れ雲 第二章〜運命〜

 誠と紀子が知り合ったきっかけは市内の酒屋さんで紀子がアルバイトをしていて、裏の倉庫整理を頼まれ、重い酒の出し入れに四苦八苦していたのを見かけた誠が客の立場を忘れて手伝ってくれたことが紀子の心を動かし、アルバイトが終わった後でお礼に近所でお茶に誘ったことから付き合いが始まった。

 紀子は高校を卒業し、田舎から出てきて将来は歌手になりたくてアルバイトをしながら夜は演劇学校に通っている。
誠は工業高校を卒業し、将来は土木技術者になりたくて、とりあえず市内の土建会社に就職し、見習を続けながら国家試験合格を目指していた。

 ふたりとも遊びたい盛りだがお金に苦労しているふたりであってみれば、デートは市内をブラブラしたあと紀子の部屋で一緒に過ごすだけということが多かった、そんな時でも誠は根っからの真面目な性格が災いしてか一向に紀子に気持ちを聞き出す勇気さえなく紀子の姿を横目で捉えながらひとり悶々とするばかりだった。
 向かい合って食事を済ませ、並んでテレビを見ながら紀子はそっと誠に手を差し伸べる仕草をしたが、気が付いた誠のほうが真っ赤になって手を引っ込めてしまい、双方に抑えきれないような慟哭の時間が流れても結局は世間話で紛らわし、何事も無かったかのように夜になると誠はさっさと帰っていった。

 それでも出会う機会が多くなると自然、ふたりの話は将来に向いた。
 将来はレインボーブリッジのような橋を架けるのが夢だと話す誠の横顔を見るとき、紀子には言いようの無い幸せを感じ、誠から将来のために家族を紹介しておくと言う申し出を喜んで受けた。

 誠の住む贅沢な家に度々訪問することになったある日、紀子は卓に呼び出された。
 「突然こんな時間に呼び出してすまない」
 浮かない顔をして話し出した言葉を聞いて紀子はうろたえた。
 誠は学校では成績が良くなく、ましてや高校出では技術者には雇ってくれないし、あいつが学校を卒業して間もなく、悪童達と付き合っていてサラ金に手を出して身動きできなくなっている。
 「あいつには可愛そうだが、将来のためにはサラ金だけは何とかしないと・・・」
 今日とて会社に取立てが来て社長は散々苦労をして追い払ったと卓は苦渋の色を滲ませた。
 「誠さんに悟られないように借金を返せる宛はないんでしょうか」
しかし酒屋の店番では給料はたかが知れていて、それでなくとも演劇学校の支払いで月末は食べるものさえ我慢する日々が続く。
 「能力が無くて出世がおぼつかないだけじゃなく、サラ金に追われまくれば技術を身に付けるどころじゃなくなる」
 「お金なら月々私がなんとか支払います」
あんたの給料じゃたかが知れているんじゃないかい?
 「誠に内緒でやりゃー大丈夫さ! なーに使ったって内緒にしてりゃわかりっこない」
 卓の提案にさすがに紀子は蒼白になった。
 「大丈夫さ、客は俺が選んで連れていく、決して身体に障るような真似はさせないし、口が堅いのはこんな出会いではあたりまえのことだ」
 結局それから三日後の誠の実家の二階で紀子にとって生まれて初めての男を迎え入れた。
 客との行為が終わったままの身体で出かけることはさすがに紀子にも出来かねたが、この家はソーラー電化住宅であるために、いつでも自由に浴室が使えることが助けになった。
 客と義兄にかわるがわる弄ばれ、開放されると紀子は周囲の人たちから隠れるようにしながら大急ぎで職場に出かけた。
 酒屋の開店は10時からで、店員なら開店前に職場に入って準備を整えるのが普通だが、約束の時間になっても出勤しない今の紀子に店主は当然のように苦情を言う、それに紀子は一言たりとも言い訳はしなかった。
 真面目に立ち働くことで店のみんなに心の中で手を合わせた。
 店の中での紀子は実によく気が付く子だった。
 いざ出勤となるとどんなに苦情を言われても客の前では決して泣き顔は見せない
それどころか笑顔を絶やさず、くるくるとこまめに立ち働く姿を見て、それ以上は店の主人も遅れる理由を追求はしなかった。
 店の仕事が終わると紀子は自宅を出る前に新聞のチラシで見つけたお買い得品を近くのスーパーに自転車を走らせ手早く買って自宅へ急いだ。
 誠が帰ってくるまでのわずかの間に掃除を済ませ、夕ご飯の支度にかかった。

 最初の内こそ誠は紀子に遠慮して休日だけ出会うようにしていたが、仕事や周囲の付き合いに疲れ、動くことはもとより口を利く気にもなれない自分の目の前でごく自然に身の回りの世話をやき、お風呂が沸いただの着替えは出しておいただのと、それでなくとも気になる女から恋人気取りに言われることが心地よく感じてついつい居着くようになってしまっていた。
 食後にぼんやりしている傍らでそれとなく首筋や背中を摩られては青春真っ只中の若者にはめったなことで逃れられるものではない。
ましてや実家と違って若い女性が住む家はそこはかとなく甘い香りが漂い、こぎれいに片付けられた女の子の部屋を見るにつけ若いエネルギーに満ち溢れた誠のそれまでの気取った感覚はことごとく打ち砕かれ、並んで座った紀子の胸元やこまめに動き回る仕草の端々から垣間見る腰から太もものあたりの流れるような曲線のまぶしさに理性がかき乱され苦悶する日々が続いた。
 結局誠は意味も無い理由をつけてはずるずると紀子のアパートに居座るようになっていった。
 紀子は誠が家に出入りするようになってから自分の性格が変わってきたことに気付きはじめていた。
 疲れて帰ってきた日などは掃除などは一切せず、食事も買ってきた食品の容器ごと器にして食べていたほどの横着な態度が影をひそめ、何事か家事を楽しそうにこなす自分に「これが恋を知った女・・」と胸を衝かれる。
 それぞれの身上話をしているうちに紀子が気を使って疲れた誠を摩る柔らかな仕草に誠は酔いしれ、昼間の疲れも手伝ってかそのままうつらうつらとしてしまい、しばらくして揺り起こされても再び紀子の布団に一緒に潜り込み朝を迎えるのが当り前のようなり、朝起きが苦手な誠のために紀子が用意してくれた朝食をそこそこに済ませ大急ぎで持たされたお弁当持参で職場に出かけ、夕方仕事が終わると熟年の亭主が自宅を目指すように紀子の部屋へ帰る日課がごく自然に出来上がってしまっていた。
 技術職とはいえ誠はまだ使いっぱしりの身分であっては雑務も当然言いつけられる。
 所詮体力勝負の世界だということは紀子も苦労して育っただけにわかっていて、だからこそこれまで自分ひとりで勝手気ままに間に合わせを食して終わっていた夕食についても特別に造った。
誠に持たせるお弁当までもが誠の出世がかかっていると思い込み、その出費は今の生活では痛かったが、好きな男の将来ゆえ苦しみを口に出すことは出来ないと自分の食を細くしても分け与えた。
卓の世話で週に数回男に抱かれたからと言って紀子は一銭も受け取ることは無く、全てはこれまでコツコツと夢にまで見た演劇のため貯金を切り崩しては生計を立てて行かざるをえなかった。
 誠も会社で得た給料は封を切らずに紀子に手渡してくれてはいたが、紀子はこれを全て誠の将来のためにこっそり貯金し、夜 誠が話してくれる夢を自らの夢にダブらせることで諦めた。

 「紀ちゃん、悪いんだが夕方一時間ほど残業を・・」
 書入れ時に学校を理由に早仕舞いしていた我侭が通る訳も無いことは判っていて曖昧な返事を繰り返していた紀子だが、正直生計は限界に来ていた。
 夕方の一時間店を手伝えばせめてひとり分の食事代は捻出できる。
 この頃になると日々の米代にも事欠いた。
 結局出勤が遅れる分だけ残業をすることになり、その分細い肩に家事が重くのしかかる。
 学生のころテレビ番組を見ながら夢にまで見た歌手への道を、誠のために完全に諦めざるを得なかった。
 助かるのは誠の会社も年度末を迎え連日残業を繰り返すことで、場合によっては深夜業務もあったりしてふたりで過ごす時間は日増しに少なくなっていった。
 それでなくともこれまでは週に二〜三度迎えが来ていたものがこの頃は連日のように急き立てられる。
 それもこれも誠の将来のためだと思えばこそやむを得ないと諦めて、気が付けば店番は深夜にまで及ぶこともあった。

流れ雲 第一章〜生け贄〜

 狭いながらも旧街道に面したその家では夜が明けるはなからひっきりなしに車が行き交い、今日も騒々しい中にあった。

 一戸建てのその家はアパート群でひしめくこのあたりでは珍しく、小さいながらも立派な庭が付いていおり、建坪も60坪足らずであるにかかわらずソーラーシステムによるオール電化住宅と平均的な町屋にしては少々贅沢な造りになっていた。
階下では今日も友達グループと称する連中が集まって朝から騒ぎ立てている。
 家主である女主人はほんの少し前まではスナックを経営していたが、酒と連日の夜更かしが崇り身体を壊して数年前から自宅に引きこもっていた。
 それでも朝からビールなぞを飲みながらテレビに見入っているのは、商売柄身についた酒を手放すことが出来なくなったからで、水商売を始めたきっかけも まじめに働くこと自体馬鹿らしいことだと考える節があったし、この家を借りるにしても朝風呂に入り酒を飲むのが何よりも好きな性格だったからで、酔った勢いで寝てしまっても火事になる心配は無いし、何事もボタンひとつで終わると言うのが大方の理由だった。
 同居している長男の卓とて同様で、勤める端からいざこざを起こし住居さえも転々とした挙句、食い扶持には苦労しない実家でブラブラするだけの男だった。

 この家にあるたった一間だけの二階の部屋で今日も紀子は朝から男に身をまかせていた。
 「誠が好きなら借金の返済を手伝ってほしい・・・」
 義兄のたっての頼みで紀子は週に数回、この部屋で客をとらされたが、考えてみればこれだけの家に住みながら借金を肩代わりできない理由などどこにも無いことを妙だと思うはずだが、元来世間を疑うことを知らない紀子にしてみれば疑問だに思わなかった。

 今日の客というのは木下土木の社長と名乗る妙な性癖のある男で、紀子を抱きに来た時は必ずと言っていいほど紀子の体臭、殊に腋臭を延々と嗅ぎたがる。
 それも数日前から予約を入れ、前日から風呂に入っていない紀子の腋がほんの少し汗ばんで異臭を放つところを見計らって鼻を近づけてきては、まるで豚のように嗅ぎまくる。
 行為が始まるとこの男は少なくとも2時間以上は紀子を手放さない。
 今日も延々と体臭を嗅いだ後、紀子の下腹部に顔を埋め、執拗に汚れた部分を舐めとっていき、組み敷かれている紀子が羞恥といくら抑えても全身を襲う戦慄に身もだえし始めたころになって初めて身体を割って押し入ってきた。
 「誠さん・・・ごめんなさい・・・」
 うっすらと涙を浮かべながらも紀子はやがて男の動きに合わせて身をしなわせ恍惚に身を浸す時間が訪れた。
 男を迎え入れたことで紀子の全身は薄紅色に輝き、全身から妖艶な汗が滲み出始めると自然、男の身体に自らの下腹部を絡ませ、声とも咆哮ともとれる奇声を発しながら登りつめ、やがて周囲の騒音さえも消えるときを迎えていった。

 男が紀子から身体を離し、よろめきながら階段を降りて来たのは訪問からゆうに2時間は経過していた。
 入れ違いに階下から卓が上がって来た。
 普通、弟が付き合っている女に平気で客をとらせること自体妙な話だが、卓はそれを気にかけるどころか自分も一緒になって紀子を抱き、母親も長男の行動に口をはさむどころか生活費を捻出する手段としてむしろあたりまえのように振舞っている。
 部屋の中にはつい先ほどまで男女が繰り返していた行為とわかる臭いが充満し、半ば気を失って布団の上に横たわる紀子の上気した女体のめくれた布団からわずかにはみ出した腰のあたりをしげしげと眺めながら口を開いた。
「我慢してくれな。仕方が無いんだ、誠の奴はおまえと知り合う以前にサラ金に手を出して借金を作ったから、いくら木下土木で働いたからって給料は借金で消える。サラ金が取り立ての来た時社長の口添えが無かったら誠の奴は会社にもいられないんだ。」
 純真で人を疑うことを知らない紀子はこの言葉に素直に従った。
 それをいいことに卓は時々紀子を抱いた「俺がこうやって客を紹介してやっているから誠だって食っていけるんだ、毎日おまえ達の行為を見ていたら俺だって我慢できなくなるときだって・・ なっ わかるだろう・・」
 恋人と信じて付き合っている誠の義兄であってみれば、この要求は鬼畜としか言いようがなかったが、誠の生活を考えたとき、紀子には拒む言葉さえ見つかるはずも無かった。
 愛情のひとかけらさえ見当たらない義兄の行為にさえ紀子の身体は最初は拒んでも次第に微妙に反応し始め、いつのまにかまとわりついたまま吸い付くように男を迎え入れ全身が熱を帯び上気し、脅されて開いたはずの身体が決して拒まないどころか、むしろ肌を触れ合うことによってある種の快感さえ覚えるようになっていった。

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薄幸の女 由美

薄幸の女 由美

この文章はあるひとりの女性が生まれついての環境とその後に降りかかる生活苦から逃れるため起こした様々な行動を密かに日記にしたためたものを元に再編しています。
 内容が事実に基づくために地名や人名はフィクションとさせていただきます。


主婦由美が運営
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・キャッシュ〜
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算出しています。

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